Masayoのブログ: アメブロ と NOTE で更新して行きます。 

ジャッジ(批判)

今日はダンスの仲間が10人くらいがウチへやってきて、 ウチでランチを食べた。 彼らは5リズムをベースにダンスを一緒に5年も10年も踊っている仲間。 ようは、体に徹底的に向かいあってる人たちなの。 だから会話にも嘘とか、表面的トピックとか、そういうのをスっとばして がっつり本音に入ってくる。 下手な事言ってご機嫌取りとかしたら、バシっと切られる(笑) その中に、リーフっていうオッサンがいるんだけど、 このリーフが徹底的に真剣に生きてるオッサンで 人生に挑むために生きてる、的な人。 彼と今日はカオス的な曲を2曲、ガンたれ合戦しながら、 ぶっ続けで踊った。 食卓で、彼の言った言葉が面白かった。 「とあるクラスへ行ったらさ、 ここは誰もジャッジ(批判)しない空間です。 自由に踊ってくださいって。 で、みんなヒ〜ラヒラ踊ってんだよ。 なんだコレは?冗談だろ? そもそも、ジャッジしないってヤツは俺は信じない。 だってリアルじゃナイよ。 そもそも ジャッジと向かいあうからこそ自分を学ぶ訓練なんじゃないか。 ジャッジするから、自分が見えるんじゃないか。 ジャッジは自分が何者かを教えてくれる」 そう。 自分が抵抗があるものを見ると、そこで自己肯定のためにジャッジがはじまる。 そんな時は「ジャッジしちゃだめ」とか思わず、 「何が自分の抵抗なのか」をしっかりと見て行くいいチャンスなんだ。 そもそも、ひっかかりがなかったら、ジャッジする対象にはならないのだから。。。 って書くと、この罠にハマってる人がいるんだけど、 ひっかかりがなく、ジャッジしないフリをしている人がどれくらい多い事か。 ジャッジしない

ハイヤーセルフとロックスター

仲良しのトモちゃん(とはいえ一回り以上違う仲良しさんだ)と話をしていた。 彼女はいわゆる「降りてくる人」なので、彼女の下ろすメッセージとか、めちゃくちゃオモシロイし、 そのブログを読んで、そうそうそう!とか、なるほど!と思うことだらけなんだが、 (こちらがそのブログ) 先日同じく彼女のブログを読んでいる人と話していて、 あれ?ちょっとトモちゃんが言いたい事がちゃんと伝わってないんじゃないか?って思った事があった。 トモちゃん自身は実に「てやんでえ!」で、 今からこの下に書くことなど「そうなんだよねーーー」って大笑いしながら同意するのに、 読んだ人は、そう受け取ってはいなかった事が判明したのだった。。。 で、なんでかなー、どうしたら伝わるかなあ、と二人で話した。 私の言い方で言うと、こういう事なんだよね。 ーーーーー まず、大前提として、エネルギーの話とかになっちゃうと、 えてしてスピ好きで、上昇志向の、あまーく夢みてる人が読むわけじゃん? そういう人はハイヤーセルフ、などという言葉を聞くと、 「デバイン」「ゴッデス」「観音さま」「マリアさま」などなどという単語と混同する系統にある。 これ、なんでだろうね? いや、正直言うと、私も スキよ(笑)できることならゴッデスになってあげてもよくってよ。 で、みな、「イメージ的に」そこを目指しちゃうワケ。 で、 「できない。。。」 って落ち込む。 ってか、あったりまえじゃーーん。 だって、ぜんぜんキャラ、違うし! しかも、観音さん、一応アセンテッドマスターだしー、そこ、比べるところでもない。 ハイヤーセルフっつーのはさ、 ワタシという独自の

過去世とか、飽きた。

「過去世がね、 過去世の魔女狩りの時にね」 もう、やめよう。 私は 飽きた。 仮に本当に過去世があったとしても、 それを今持ち出して、それを今話してどうすんのか。 それはたんなる遊びとしてはとてもロマンティックで面白いけど、 それに習いもしないのにピアノを弾けたり、 そういうのも確かにあるし 現に私は習わない時から弾けたけど だけど、だからなんなんだ?なんの役にも立っていない。 それで稼げもしないばかりか、 月謝を払って褒めてもらいに行ったようなもの。 私がそれでピアニストになっていないのなら、 過去世でピアノを弾いていたというのは一体何になるというのだ? GET REAL リアルに行こうよ。 もう、いいからさ。過去も、未来も。 文句を何かのせいにしないで。 人のせい、親のせい、環境のせい、手足が短いせい、いわんや過去世の問題。 文句言いたかったら、 ただ、文句言いたい、と言うほうが スッキリするんだよね、私は。 今の私がダメダメなんです、でいいじゃん? と、私は思う。

ワクワク:緊張との関係

続き。 ワクワク、は英語でいうところのエキサイトメントExcitement だ。 一旦、ワクワクはおいといて。。。 緊張について考えてみた。 役者さんや歌手さんは、あんなに堂々としているように見えるが、 案外緊張しィが多い。 私だって、5リズムのワークショップごときでも、やる前は緊張する。 師匠のケイトも、アダムも、緊張するのだそうだ。 30年ムーブメントを教えているアダムいわく 「だって、緊張するってことは、それだけ大切に思ってるからだよ。それだけ大ごとだと思ってるからこそ緊張するんだよ。緊張なんてしてあたりまえだよ」と。 そして、緊張のエネルギーや、恐怖のエネルギーは 抑えちゃダメだ。 「緊張しちゃイケナイ」と思うと、よけいに圧力鍋みたいにそれが吹き上がる。 もしくは、どうしても「あ、緊張するうううううっっ!」と思う人は その圧力鍋の威力を利用するといいよね。 ステージでバーーーン!と爆発させる。 矢は引けばひくほど、遠くへ飛ぶからね。 === で、先日、カイロプラクター&脳科学の先生からこんな話を聞いた。 緊張する、怖い、というのと、 ワクワクするのは、 脳科学的には同じエネルギーの信号なのだと。 だから、 うわ、怖い!と思った時、 うわ、緊張する!と思ったとき 「うわっ、エキサイティングだ!と言い直すの、いいと思うわよ」 と。 ともに火のパワー。 ただの裏と表。 5リズム的にも同じ言い方があるけど、 それはまたワークショップで。

ワクワクするという事実について

ワクワクするという事実について、何度も書いたんだけど そしてワークショップでも言ってるんだけど、 なぜワクワクが必要か? 昔、バシャールが言った解釈が一番ストンとくる。 ただ、最近はバシャールはこれを説明していない。 でも、もしその理論がもう古い!モノだとしても 私にはとってもコレがストンと来るので、 しつこいけれども書く。 ワクワクっていうのは、そもそも 間違ったスピリチャリティに使われるような ぽわんぽわんした、ポジティブなモノだけではない。 ふわ〜〜〜、っと浮いている時は、 実際ワクワクしてないよね。 ワクワクって言うのは、 多少アドレナリンでも出てないと、そうは言わない。 だって、 ワクワクには、怖さも入ってるもん。 「怖い、でも嬉しい。怖い、でも嬉しい」 コレがないのは、ワクワクじゃない。 ようするに、 人は何か少しリスクを負って、自分以上のものに挑む時に ワクワクする。 夢のまた夢(遠すぎ)や、 日々同じルーティン(あたりまえすぎ)から ワクワクは生まれない。 それはなぜか? 一番最小である原子は、 電子(-)と、 陽子(+)と中性子が集まった原子核からできている。 それらが振動している。 つまり、 ワクワクの+と-が振動する状態は、 宇宙の源が振動するのと同じ振動であり、 本来の私たちの最小単位の姿なのだ、と。 だから、ワクワクしたときに全てのものとシンクロをし、 結果的にラッキーだったよね、ということが起こる。 毎日をワクワク生きるということは 毎日、何か少しリスクを負ったこと(-)にチャレンジする というエッセンスが必要なんだな。 なぜ、またワクワクについて書

おすすめの投稿
最近の投稿
Archiveアーカイブ
Search By Tags
Follow Us
  • Facebook Basic Square
  • Twitter Basic Square
  • Google+ Basic Square