Masayoのブログ: アメブロ と NOTE で更新して行きます。 

自分のために踊る

教えるためには 自分も学び続けることが必要だし、 自分の体のメンテもしなくてはいけない。 これはジョナサンもよく言う。 「教えてるからこそ、習いにいけ」 昨日は、ダニエラのクラスへ行き、 死ぬほど踊った。 まったく空になって、 自分をただ媒体として、 私のスピリットが踊った。 時々エゴが顔を出す。 しんどいー、とか あ、ダニエラ、うまいな、とか まだーー?まだカオス〜〜?とか ここでこの曲、マジ?とか この人と組むの、やりにくいなあ、とか そのエゴにダンスをさせる。 全ては自分の中だ。 まわりはただの鏡。 だから、つまんないのも、しんどいのも、 楽しいのも、ワクワクするのも、怖いのも、 全部、踊り(ダンス、動き)にする。 意図的にそれを踊りにしていると、 そのうち 皮膚の中に閉じこもっている魂が 自由に動き出す。 するとシフトする。 ファイブ・リズムってそういうことだ。 東京ワークショップは下の写真をクリックして下さい。 そのほかは こちら >>>

スタッカート

この7月、母と叔母が入院し、私は1ヶ月以上、日本の地元の病院にいた。 命を危ぶまれた母が治り、一見重病に見えなかった叔母が亡くなった。 大好きな叔母はガンの術後の回復がうまく行かず、私がLAに帰ってきた数日後、この世を去った。 二人を5リズムの観点から見ていて、興味深い発見があった。 5リズムでは、 フローイング 〜 スタッカート 〜 カオス 〜 リリカル 〜 スティルネス 〜 そしてまたフローイングへともどる。人生はいわば螺旋。 母が入院した時には全く動けず、完全にスティルネスの状態で、命が危ぶまれた。 そのあと、ゆっくり目覚め、フローイング(動きの特徴としては曲線)の時期があった。 そのあと、母に「絶対に治る!絶対に戦う!」という気力が見られはじめたころ、動きのパターンが変わった。その動きはもはや曲線ではなく、直線に変わっていた。スタッカート特有の”吐き出す”「呼吸」も、「目」も、「手」も、「足」も、思考や行動パターンも、一点に集中してそこへ向かう。止まる。動く。方向転換。まっすぐ一点に向かう。全て、典型的なスタッカート。 一方叔母は、手術をした後もいわゆるフローイングの場所にずっといたように思う。決してスタッカートへは行かなかった。動きもゆっくりな曲線だったし、呼吸もフローイングの呼吸、一生懸命吸っていたが、うまく吐けていなかったように見えた。 決してスタッカートへは移行しなかったように思う。 (だが、それは大好きな叔母の魂の決断なので、批判するものではない) ・・・・・ さかのぼること、私が数十年前に入院した時もそうだった。 思えば、意識が戻った瞬間から怒っていた。 な

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