繋がること、について。

正味の話、

誰だって宇宙のソースくらい繋がれるようになる。

その人一人だけの特別才能じゃないんだ。

それぞれに違う分野で繋がっているだけで

とある人はお料理であり、

とある人は音であり、

とある人は言葉であり、

とある人は色であり。。。

私は全然見えないし

全然聞こえないけど

違う、とか、コレだ!という体感の直感は

誰よりも強い。

だから皆に平等な才能なんだ。

繋がれるから、ということだけで

ニューウエイブ・イタコさんたちが

崇拝される時代は終わる。

ほとんどのホームレスはソコ、行ってるからね。

かつてのエクハルト・トールがホームレスであったように。。。

かつてのバイロンケイティのように

極度のウツにもなったりする。

いわゆるマリファナでぶっ飛んだヤツも、

ブッダの悟りも、

基本的には似たところへ行く。

彼らはホームレスを経験したり、

ものすごい鬱で死にそうになったり、

それなりのリスクの後、覚醒している。

振り幅がすごく大きかったし、

どこまで振られようと大丈夫な器ができちゃってるだけ。

どう言う人であろうと、

それらチャネれる人を崇拝する、という事に対して

そこに自分の「依存」という危険を感じた方が健全だ。

本来は皆、自分でいける場所だ。

ちょっと必死コイて踊れば覗くことはできる場所だ。

えらいマスターの名前やエネルギーの色は、

人によって通訳も変わる、程度の違いだし、

自分とその人が違って当たり前だし、

サンスクリット、横文字、宇宙文字、宇宙語などは、

ヒップに変えただけの念仏と変わらない。

なぜ、外を追いかけるのか?

全ては自分の中にあるというのに?

彼らは、自分の中につながるのが

ちょっぴり上手なだけだ。

誰もが他人の声ではなく、

自分の声を聴き始めたら、

みな、同じようになるんだと思うよ。 

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