ドグマと真理

真理はあると思う。

生きるものはすべて死ぬ、とか

物事は絶えず変わる、とか

私もこう見えて真理の探求系はキライではない。

むしろ好き。

だけど、ドグマ(教え、教義、教理)と真理は違う。

ドグマは

宗教的、政治的などと背景とした

狭義的なルールであり、

これをやっちゃいけない、とか

常識として、とか

女として妻として、とか

ま、いわゆる真理とは違うけど、

その国にとっては当然、大切にされ、真理とすり替えられることもある。

アメリカに住んだ私の一番の宝は

自分が信じて来たドグマは

国や環境が違えば変わることを体感したこと。

ここに振り回されていたらダメだ。

まあ、乱暴なほど大雑把に言ってしまえば、

「お蕎麦は音をたてて食べるべき」を善だとし、

それを真剣に美徳として守ることに必死な人もいるわけじゃん?

で、実際アメリカに美味しい蕎麦屋がないと、

その「べき」を使う場所がなく悩むかも。くらいのモン。

いずれにせよアメリカでは音をたてて食べると大概嫌な顔をされる。

それもアメリカ側の理由(ドグマ的な)。

ドグマの確かさなんて、それくらいのモンである。

なんでこんなことを書いたかというと、

韓国でやった5リズムのワークショップで、

その国のドグマをいっぱい見たからだ。

苦しいくらいに胸が痛かった。

それとったら楽なのにね、的な。

だから、今いちど言いたい。

ドグマって、

お蕎麦の音はたてるのがいいのか悪いのか、

それくらいのモノなのだ。

ドグマという言葉を常識に置き換えてもいいかもしれない。

日本の常識、世界の常識。

私の常識、あなたの常識。

常識と真理は違う。

真理を見よう。

その真理とは、

踊った時の自分の真実に、限りなく近い。

誰かが教えてくれるのではなく、自分が見つける。

踊りに来ませんか?

==========

私にとっても5リズムは、

踊る瞑想

踊る自己解放

踊る自己探求

いわば、踊りを使って自分を超える、

そんなプラクティスです。

だから、真剣。

ギリギリのエッジを探る作業なのです。

www.masayodance.com

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